台湾 台中(2005.7~205.11)

仕事の終わり (2005年11月下旬)
今回の工事は終わり日本に帰る事になりました。現場は液晶テレビ用の画面部分を作る工場 でしたが、稼動状態での機械の工事は作業時間も少なくて思うような作業が出来ず、現場に残るメンテナンス 部隊に引継ぎ書を書いて託した所も多々ありました。でも今回は、電気の仕事が出来ない時は他の部門 (機械、調整)の手伝いを興味深くやることができて、自分にとって勉強になりました。
現地工場の紹介。 
さらに、仕事以外でも現地の人達に、お礼のしようが無いほどの厚意を受けました。

ウォーキング (2005年11月中旬)
今日はホテルから車で30分位の所にある大坑に行きました。午後4時過ぎにトウッ着し近くの 小山の上にあるお寺までのウォーキングをしました。健脚なら20分、私のような怠惰脚は40分 の登りと20分の下りのコースでした。この辺はこういったコースが三つ位あるみたいで、その中の 一番ショートコースだったそうです。歩き終わると汗だくだったので麒麟温泉という所で汗を流した後、地鶏料理 を食べて帰りました。

(写真は無いです)

果物? パート6 (2005年11月上旬)
果物と書きましたが、ジャンルが分かりません。
名前は菱角(リンチャオ)といいます。味と言うか食感は栗に近いです。 でも、採れる場所は水の中で、植物の根っ子らしいです。見ての通り鼻髭みたいな形で、 何ともユーモラスな形をしています。後で仕事場の人に聞いたら日本では菱(ひし)と言うらしいです。 私は初めて食べました。

皮を剥いたところ。

 酒工場見学 (2005年11月上旬)
台中に酒工場があることを知り日曜日に仕事仲間と出掛けました。最近覚えたバスに乗って近くの バス停で降り、コンビニで道を聞くと五分くらいと言われて歩くことにした。ところが、車で五分だったらしく、一時間ほど歩いてようやく到着した。到着後は試飲に 励んで、大生ビールを飲んで一服してタクシーで 帰りました。

 

 

休日の潰し方 (2005年10月上旬)
市内バスに乗って、何処か知らない所へ行こうという志を持つオジサン三人が、日曜日に集まり、ホテル横のバス停から乗り込む。それにのって台中駅で下車。持っていた 地図で一番山に近い所へ行こうという事になり、其処に行くべくバス停でジュースを飲みながら 30分ほど待つとバスが 来た。

  

運転手に地図を指し示して、彼の言うお金を運賃箱へいれると30分くらいで下車駅に着いた。宛もなく歩いていると、樹上珈琲座という看板が目に付いた。

皆で珈琲を飲もうと言う事になり、歩き出した。道は山に向かって登り坂、秋の太陽と言えども南国、 ジリジリと暑い。看板が100メートル毎に電柱に現れる、その度に吸い寄せられるように 足が動く。もう駄目と諦め かけた時、それが置き看板に変わり目的地の近さを予感させたので、またまた足が動き坂道を上っていく。 過ぎる車のチョット冷ややか目線を感じつつ、珈琲を飲みたいという 行動に駆られ歩き続けた。

 

目の前が少し開けた時、それらしき建物が見えた。足が少し速やまり、 前まで行くと店は休業だった。一同ガッカリする。 リュックの中を、まさぐると古いガムが在ったので、皆で口に入れ気持ちを紛らしながら 下山、麓に着いてジュース屋で喉を癒す。 さり気無い店がオアシスに見えた。
その後バスで逆戻りする。この日10時から夜18時までの時間が潰れた。 収穫はバスで駅まで行く手段が分かった事。 今まではタクシーのみだったのが、たった20元(70円)で駅まで行ける事に感動した。

歯  医  者 (2005年9月下旬)
歯石を取りに、歯医者さんに行きました。こっちの歯医者は夜11時頃までやっていて、働く人 にとっては大変助かります。玄関はチョット変わってます見ての通り、靴を玄関の扉の外側に 脱ぎます。それから、治療は椅子ではなくほぼ平らです。
歯石を取って、虫歯が見つかったので治療もしました。虫歯二本で約8400円でした。

  

それから、治療台の横に、うがい装置が無いのでチョット不便です。治療が終わって 流しで、うがいをするのです。

小  旅  行 (2005年9月中旬)
9月18日の日曜日に日帰り旅行に行きました。同行者は仕事現場の同僚です。
目的地は、台湾唯一の国立公園の阿里山(ありさん)です。そこを走る世界三大登山鉄道 の一つ阿里山森林鉄道に乗る事にしました。 ちなみに、残りの二つとは、インドのダージリン鉄道、チリ⇔アルゼンチンのアンデス山鉄道 らしいです。

 

朝5時45分にホテル出発、台中駅から自強号(じきょうごう)で一時間半、嘉義(かぎ) 駅下車。一旦改札を出て切符売り場の四番で阿里山までの切符を買う。発車の9時まで 帰りのバス乗り場の確認をして駅の周りを一回りしてコーヒーを飲みながら待ちました。待ってる間、 ひっきりなしに阿里山ナントかカントカと言いながら呼込みのオジちゃんオバちゃんが 近寄って来ます。

改札は国鉄(言い方が古いですけど雰囲気はバッチリ)と同じですが 別会社のため切符に鋏は入れずに列車の居る方向を指差すだけでした。

ハリーポッターに出て来る魔法界行きのホームみたいに、一番ホームの端から幅の狭いホームが 延長してあって、さしずめ1・2/3ホームってとこですか?
幅70センチ位のレールの上に可愛いディーゼル機関車と客車四両が居ました。

よく見ると日本製でした、静岡県の大井川鉄道と同じ列車らしいです。

機関車の中を見ると操作盤の上に家庭用のルームエアコンが装備されています。出発地が亜熱帯 と言う事で運転手の環境にも考慮してあるようです。

客車には冷房機と トイレが付いています。一列、2席+1席 で全席指定です。

さて70km、3.5時間の森林鉄道の始まりです。 時速30キロくらいでユックリ走るのですが、揺れはインディージョーンズのトロッコ(想像) みたいに凄く揺れました。

線路横の軒先とすれすれで、梅屋敷のジェットコースター低速版みたいです。

市街地を抜けると南国のノンビリした風景が続きます、1時間ほどすると登る感じがしてきました。

 

途中ループ式で3回転とスイッチバック式を二回、その他多数のカーブとトンネルを通りながら 阿里山に向かいます。その間10駅くらい停まりました。途中犬も乗って来ました。

 

線路と平行しているのか?登山道または散策路が駅の付近に多く見られました。

トンネル入口には 標高が書いてあり高度が分かる仕組みです。この辺まで来ると杉やヒノキが目立ってきて日本的 な景色、谷向こうに見える山も断崖絶壁の凄そうな山です。

中間地点付近の奮起湖という駅で、名物駅弁を買いましたが酷い揺れで半分酔払っていたので、 食べるのはお預け、隣で美味しそうに食べるお嬢さんに美味しい?と聞くとニッコリ笑って 「最高よ!何で食べないの?」って言われました。このお嬢さんは、おばぁちゃんと二人旅で 一泊して次の日に御来光(日の出)を見るとのことでした。私達の無計画な旅とはかなり違いますね。

一つ目のスイッチバックであることの表示看板とその近くに在る、倒れた古木。かなりの 大木だったみたいです。

  

12時30分頃いよいよ、阿里山駅に到着。これまで青空だった天気が少し怪しくなって来て 近くの食堂で昼ご飯を食べてる間に見る見る曇って何時しか雲の中みたいになったのです。 これでは散策して景色を見ることもままならないので、2時のバスで下山する事にしました。

  

売店広場の上の方に見える木造建築の骨組みは地震で壊れた駅の修復中らしいです、我々が下車した 駅は仮設の駅だったみたいです。

 

このバスは、かなりのスピードで山道を下って行きました。おかげで又酔払いました。途中 阿里山の名物、お茶畑を撮りましたがチョットブレ気味ですね。 嘉義駅まで土砂降りの雨の中を二時間半で走り、嘉義から台中に戻るのもバスにしました。 ところが高速道路は中秋節の帰り車で少し渋滞気味でホテルに戻ったのは9時頃、 14時間のミニ旅行が終わりました。お疲れ様でした。 シンクーラー。

月    見 (2005年9月中旬)
日本では十五夜のお月見は、ススキを飾り月を見ながら団子を食べる。最近では団子だけ食べる など省略スタイルが多いと思いますが、ここ台湾では中秋節と言いお正月に次ぐ大行事です。
9月18日は両親の元に帰郷して家族皆でバーベキューを楽しみます。今年は18日が日曜日 なので、前日の土曜日に宴を設ける人が多いそうです。滞在中のホテルでも夕刻6時から裏庭で バーベキューが行われ、宿泊客も招待されました。

月を見る人は少ない?


ホテルのスタッフは大活躍。社長も焼くのを手伝っていました。
 
プロの歌手も呼び、カラオケやゲームで盛り上がるのでした。

果物 パート5 (2005年9月中旬)
今日の果物は、名前は調べておきますが種類は梨です。大きいです。今日の昼ご飯はこれ1個 で充分でした。味は甘くて大変美味しかったです。

果物 パート4 (2005年9月中旬)
今日の果物は、文旦(ブンタン)です。見ての通りミカン系です。味は酸っぱさは無く大味 ですが、甘かったです。皮が分厚くて1個剥くと手が油でビッショリになりました。

電気街 (九月上旬)
ここ台中にも、電気街が駅の近くにあります。今日は先輩二人に連れられて やって来ました。細い路地に道具屋、部品屋がひしめき合いながら商いしてました。 大人三人が日曜日の午後4時間を費やすに充分な所でした。
 
私の本日の収穫は、モレックス用ピン抜き2本(バッタモン)とミラーと液晶保護フィルムでした。

台風一過 (九月上旬)
13号台風、直撃の翌朝いつものように仕事に出かけました。一日半ホテルに缶詰だったので、 通勤バスからの眺めは台風の爪あとツアーのようでした。ここ台中は平野なので雨の被害は 目立たなく風の被害が目立ちます。街路樹は折れまくりその枝が道路を塞ぎ渋滞が起きています。 軍隊が出動して市当局と共同で片付けを始めましたが、帰り道には未だ残骸が残ってました。 それから、大き目の看板の破損もあちこちで起きています。
 
台風通過中、ホテルの窓から。根っこから倒れる木もチラホラ。

 
途中から折れるものも、台風が木の弱い部分を折って行く。
自然に強い木が生き残る仕組み。
 
公園脇の路上に集められた木の枝、幹線路が優先で片付けられるようです。
このカッコイイビルの窓も一枚無くなっていた。真中やや下ですが、このサイズ では見えないですね。

お弁当 (八月下旬)
今日は、台風13号の接近で外は風雨が強く、夕食に行けそうにありません。
日本だったら、出前にしようか!となりますね。
実は先日ホテルマン達が夕食の出前を注文する現場に居合わせたので、一緒に頼んで もらった事があったのです。これを思い出して今日又頼んでもらったのです。

日本的名前は、照り焼きキチン弁当ってとこですかね。味が良くしみた美味しい弁当でした。

 
これは、次の日の夜弁当です。鱈のフライ弁当です。これも中々の味でした。

果物 パート4 (2005年八月下旬)
今日の果物は、釈迦頭(しゃかとう)見た感じがお釈迦様の頭みたいに見える事から、 この名が付いたそうです。大きい物だとソフトボール位で、これは少し小振りですね。
今は硬いので指で押して少し柔らかくなったら食べ頃です。去年食べた時は、柔らかく なり過ぎていて、二度と食べたくないと思ったほど超甘でした。今回は失敗しないように 食べたいと思います。
 
お釈迦様の頭と言っても、信仰心の薄れた日本ではピント来ませんが、寺小僧の私は聞いた瞬間 に直ぐ納得しました。

果物 パート3 (2005年八月中旬)
今回の果物は、ホンザオという物。大きさはグミ位で、味は林檎の甘くも酸っぱく無いって 感じですね。
このホンザオの種が何とかと言う漢方薬になるそうです。
 
ホンザオの実を食べるのは大変珍しいそうで、今日フロントに居たホテルマン達も初めて 食べたそうです。

果物 パート2 (2005年八月中旬)
今回の果物は、葡萄です。見てのとおり、日本で普通に見るものと同じです。

これは、日本に輸出用のもので台湾では食べないそうです。知り合いから頂いたものです、輸出用 とあって未だ熟れていない状態です。もらって直ぐ食べたのですが、甘くなくて今日で5日目です。 もう一週間ほど寝かせてから頂くことにします。

所変われば、鍋料理 (2005年八月中旬)
冬の定番鍋料理!からだが温まって良いですよね。ここ台湾では、真夏に鍋を食べます。
先日、懐かしい友人達と食事でも行きましょうと誘われて、言った先が鍋料理の店。 お店はギンギンに冷房が効いていて、それでも食べてるうちに暑くなって来ました。友人に 何で真夏に鍋なんか食べるの?と聞くと、曰く「日本でも真冬に暖房の効いた部屋でアイスクリーム 食べるでしょ」っと言われ、こらゃーごもっともと、納得したしだいです。
決して鍋料理を馬鹿にして話してる訳ではなく、その日も海鮮鍋を美味しく頂いて帰った訳ですが、 台湾の鍋の具のなかで、日本と大きく違っていることがあるのです。
一つ目はトウモロコシで、二つ目は青っぽいトマト、三つ目は「フ」みたいな「湯葉」 みたいな「パン」みたいなものです。
皆さんも、是非台湾鍋を食べてみてください。本当に美味しいですよ。

果物 (2005年八月上旬)
露店で買った果物の名前は「龍眼」(ロンイェン)といいます。
大きさは梅干大で食べるとライチに似た味がします。
旬はライチの後らしいです。ホテルマンはライチの弟と言ってました。
 

2回目の勤務 (2005年7下旬)
2ヶ月の予定で再び来ました、ホテルも前回のホテルです。ホテルマン達の懐かしい顔が何故か 嬉しいです。

 

中国 北京(2005.6~2005.6)

街 を 歩 い て  (7月)

北京の街を見ての感想は、一言で言うと近代化に向けて進化中。感じた事を書き出してみました。
・レンガ作りの昔ながらの建物を彼方此方で壊していて、その跡にビルを建てる工事が盛んです。
・天気が良いと、ホコリッポイ。(多分黄砂のせい?)
・白タクが横行している。(違いは事故った時の保証の有る無しらしい)
・バスがボロっちーホテルから天安門まで、エアコン有りは6元、無しは3元。
・街の中には、**門とか**城 といった地名が多い。
・ホテルの前のレストランで、チャーハンとギョーザとスープを頼んだら、軽く3人前の量だった。 決して一人ではレストランに行かないこと。

天 安 門 と 故 宮  (6/25)
今日は市内中心部に行ってきました、そう天安門です。天安門広場から、そのまま北に 歩くき故宮博物院にも行きました。
日本で言えば天安門広場は皇居前広場で、故宮は皇居です。
ホテルの近くからバスに乗って1時間、3元(40円)で天安門の前門に到着。そこから ひたすら歩く歩く、とにかく広くて参ります。10:30~16:30まで徒歩の一日 (トホホの一日)でした。

 
ここは、前門。バスを降りた所です。
写真の左下に白い箱のようなものが並んでいるのが有料トイレ。
一回、一元(13円)です。

  
四角い建物は、毛主席記念堂です。前門と天安門の間に在ります。
遠くに見えるのが天安門です。

  
やっと天安門、ここをくぐって次に見えてくるのが故宮の入り口の??門。
奮発して日本語音声ガイドをレンタルしました。

  
故宮に入ってからの長い事、早足で行くと音声ガイドが途中で切り替わってしますので、 ゆっくりと歩きます。

  
気が付くと昼過ぎていて腹ペコです。
ジュースを飲みながら、ふと目線の先にカップラーメンを売っているではないですか、助かった!
気を取り直し、もう一時間歩きました。

  
故宮の中は幾つもの門と壁に囲まれていて、迷路のようです。
外には堀があり、警備の兵隊さん?が行進していた。

往復のバスは、大分ガタが来ている、ギアチェンジは日本のバスの様にスムースではありません。

このタクシーは格安です。二人乗り。

これは、トロリーバス。道路の上の電線からパワーをもらう電気自動車。バスの屋根から 二本の角のようなものが見えるのがパンタグラフでしょ。

繋がったバスも有ります、後ろは引っ張られているだけです。


白バイは一寸パワー不足気味。


職業柄、電柱はチョット気になる所です。


地下通路で見かけた、男一楽房です。良い音が出ていました。

 長   城  (6/19)
今日は北京到着後初めての外出です。行き先は俗称、万里の長城です。北京から一番近い 八達嶺長城(パーダーリンツァンチョン)という所に行きました。

長城行のロープウェイに乗る前に手前に在る自然動物世界(サファリパーク)に行き、幸せのシンボル、 ホワイトタイガーを見ました。

 
長城の往復はロープウェイを利用、楽チンでした。
  
仕事現場の作業員兼通訳の白さんに同行してもらい言葉の壁を克服?万里の壁も・・・
  

これを目の当たりにすると、人の力、執念、忠誠心はこうも偉大な建造物を作れるものなのか。無意識のうちに自分の手で一つ一つの石を撫でていました。

 ある日の夕食(6/16)
今回の宿は、ホテルではなくてアパートメントでした。という訳で私の食生活を紹介したいと 思います。この日の夕飯のメニューは、高菜のピリ辛炒め、ソーセージ、サヤいんげんの煮物、 茄子の香味野菜和え、水餃子、味付け海苔、ご飯、紹興酒でした。
ちなみに、この宿は一泊330元( 4300円)です。

昭和式の献立記録写真


食事風景、4人掛けの食卓も在るのですがテレビが見辛いのでソファーで食べます。


キッチン、土鍋が一つで煮炊きをする


ネット中


ツインの寝室、誰か遊びに来ない?


窓からの景色(8階建ての4階)

 北京到着
6月8日次の仕事で、北京入りしました。飛行時間は台湾と略同じの3時間30分でした。 第一印象は、広々としている感じがします。空港からホテルまでの間の高速道路から見える景色 ゴチャゴチャした物が見えません。ホテルの周りは工業開発区で全体にユッタリとしていて 一番近いスーパーまで徒歩で15分自転車が欲しいです。物価は缶ジュースが3元(40円)、 スーパーで2000円分くらいの気持ちで買ってレジに並ぶと800円くらいでした。

空港にピックアップに来てくれた李さん。
 
途中に火力発電所?ぽい建物が有った。


今回はホテルではなく、アパートメントです。1LDKの間取り。


スーパーで買ってきた採れたてライチ、甘くて美味しい。

ここで困っている事は、フロントに片言でも良いから日本語が話せるスタッフが居ないことです。 かといって、英語も駄目みたいで、「お湯ください」「封書を出してください」等まったく、 通じないのです。 

 

台湾 新竹(2005.2~2005.5)

仕事の終わり(5月下旬)

26日に仕事が終わりました。帰国の時に空港の喫茶店に台湾バドガールが居たので撮りました。 スカートが長いんですよー、それからヘソ出しでした。

 初めての台湾観光(5月下旬)
台湾に10ヶ月も居たのにホテルと職場の往復だけで、観光をした事が無かったのです。 でも、今月になってやっと観光する事が出来ました。凄く楽しかったです。

焼物の街「インクー」でジュースを飲む。右手のコップはジュースのオマケです。

世界一のノッポビルが台北に在るんですよ。

その名は 101 です。

展望台まで行くのに350元。値段を見て諦めて地下レストランに入る。

ここは、「チョウフン」というとこ。山の中腹に在る。

昔金が取れたらしい。今は出店が所狭しと並ぶ。

歩き疲れて、ちょっと一休み。お茶屋さんでウーロン茶を頂く。

外は雲の中、さっきまでドシャブリの雨でした。

 秘密の興奮剤(5月)

その興奮剤の名前はビンロウと言います。 ビンロウは、椰子の種類の木から取れる実(ドングリに大きさ形が似ている) に石灰系の薬品(?)を加えて、何とかという別の植物の葉で包み作った、台湾独特の趣向品です。
麻薬では無いようですが、眠気がとんだりするので長距離トラックの運転手なども愛用するらしいです。 一種の興奮剤のようです。街の中、特に道路沿いにはビンロウとタバコを売る小さな小屋が 多く在ります。

 

その小屋はガラス張りでピンクや紫、ブルー系のイルミネーションに輝き、 売り子さんは若くて可愛い子系の女性が、殿方の好む悩ましいスタイルで店番していて、 客の車が停まると駆け寄ってきてビンロウを売るのです。

1箱50元(180円)くらいで数個入り。食べ方は口に入れて数回噛むと、苦い果汁が出てきて 口の中がエグイ状態になる。そしたら、一緒に貰う紙コップにペッペッと吐き出す。 (必ず吐き出さなければならない)果汁と実が真っ赤になって見える、当然口の中も 真っ赤であります。私も、一噛みしましたが、二噛み目は止めて吐き出しました。 とても、マズイものです。沢山噛まなかったせいか、興奮もせず眠気も何時も通りでした。 このビンロウやり過ぎると口の癌になるとか、歯のエナメル質を侵されるとかで、 健康面ではイマイチらしいです。

 

このビンロウは、年間を通して採取できるらしくお店では客待ち時間を利用して加工もしている。 山中に入るとビンロウの栽培がしてあるらしい。そのビンロウの木は直径がビール瓶ほどあり、 数メートルの高さがあり、高さの割に根を張らないので、大雨などで地滑りなどの災害の危険 もはらんでいるらしいです。

供養 (4月中旬)
4月5日、台湾ではお墓参りの日で休日でした。先祖のお墓に参ったあと爆竹や花火を上げて供養します。 その際、紙で作ったお札(先祖様があの世で使うお金)も燃やして、天に送ります。

ホテルでも、お供え物をして、お札を燃やしました。

散歩 (4月中旬)
今日は日曜日、降っていた雨も上がったので駅まで散歩に出かけました。

新竹市庁舎

東門城と言う所

SOGOがあるのです。あと三越もあります。

新竹駅 駅前広場で、ワンショット。

街中にこの類のお寺がチラホラあるのです。

お寺の前で一枚。

夜市 (4月中旬)
台湾は夜市が盛んです、新竹に来て初めて韓国の周さんと二人(通訳さんの案内付き)で行きました。 美味しい臭豆腐を食べました。

ホテルの屋上 (4月中旬)
ホテルの屋上って、簡単には行けない所だと思っていましたが、今滞在中のホテルは簡単に行けます。 と言うのは、屋上トレーニングジムとランドリーがあるからです。

奥にランドリーが見える。

 

屋上からの景色です。通りの向かい には、球場があり時々ナイターも開催され応援の音がよく聞こえる。

台中訪問(4月中旬)
4月の中旬に台中に遊びに行きました。ホテルマンや職場の人や当時の通訳さん達と、短くも楽しい会話を 楽しむ事が出来ました。
  

仕事場から (3月初旬)
現在、日本人25人、台湾人30人位です。現場の通訳さんは二人居ます。

紹介 (3月初旬)
新竹の風景です。朝は小さな屋台が出て通勤途中の人達が朝ご飯を買って行きます。交差点の中でもお構いなし。

周辺のホテルに泊まっている日本人チームは私も含め、一つのホテルに集合して 乗合ワンボックス車(ワーゲン)で現場に向かいます。


左)現場のPSC(powerchip semecondacter corp )二号館です、12インチのウェハーを 作っている工場です。

帰る時は皆元気になります。

台湾の作業員も元気で帰ります。


ホテルの近くの良く行く屋台で(従業員の人達)

 

春 (2月末)

新竹の春は3月みたいで、春になる前に天気が不安定な事が多いようです。 とにかく雨が多いこの頃です。ちなみに梅雨は4~5月頃だそうです。今日、少し雨が上がって 曇り空になったので窓から写真を撮りました。
 
窓の外には球場が見えます。ビルは台中の方が沢山あったかな? 

 

台湾(2004年8月~2005年2月)

山は高い (2月下旬)
山は高い。あたり前ですよね。そうです台湾の山は高いですよ!何と富士山より高い山が いくつも在ります。一番高いのは399?mで約4000mです。名前は今度調べておきます。

名前は玉山みたいです。第二次大戦の始まり、真珠湾攻撃の時の暗号命「ニイタカヤマノボレ」 の新高山が台湾名「玉山」らしいです。

暖房 (2月中旬)
台湾で暖房なんて、ちょっと変ですが、私の場合は必要です。台中のホテルでは冷房のみで、暖房 設備自体が無い状態でした。無い物ねだりしてもしょうがないのでベッドに潜り込んでテレビを 見ていましたが、ここ新竹は台中より北に位置するので、確実に寒いです。2月17日にここに来て 雨続き気温もかなり下がってます。ホテルに寒いので何とかしてと頼んだら、部屋の空調から暖かい 風が出始めました。そうです、ここは暖房が在るのです。助かったぁ。車に乗っても暖かいですし、 暖房の頻度が高いのでしょうね。台中は冬でも車は冷房を入れます。理由を聞いたら、窓が曇るから だと言うことでした。

今度は新竹です (2月中旬)
台中での仕事が初旬で終わりました。次の現場は新竹(しんちゅう)という所になりました。 ここは、台北の南、車で一時間位に位置します。この現場は半導体工場(PSCというメーカー) で前回に比べると機械類も小さくなりましたが、クリーンルーム内の仕事という面では同じです。
今度は、ここ新竹の事を掲載してみたいと思います。時々覗いて見てください。

結婚指輪 (1月)
私にとっては昔の話ですが、記憶をたどると確か左くすり指にしていたはずです。台湾では 結婚指輪は男性は左手くすり指、女性は右手くすり指にするそうです。
世界では宗教によって様々らしいのですが、左右どちらか一方のくすり指が最多で次が新婦のみ 右手くすり指、変ったところで足の指なんてーのもあるそうです。台湾のように男女が左右別々 の手というのも珍しいみたいです。

トイレ (1月)
トイレは基本的には日本と同じだと思います。公衆トイレの洋式便座は汚い事が多いみたいです。 一部の先住民の習慣で便座に足で乗って用をたすことがあるということです、そう言えば旧ソビエト の南極基地で様式便座に足載せが付いている便器を見た事があります。

台湾のトイレで日本と大きく 違うことは、トイレットペーパーをトイレに流してはいけない事です。これはビル等の下水配管の 規格が細くて紙を流すと詰まりやすいという理由からだそうです。便座の横には必ず、くず入れが あるのは使用済みペーパーを入れる為のものなのです。

新暦の新年 (1月)
日本では新暦を当然のように使いますが、アジア圏ではまだまだ旧暦を使っている国が多いようです。 ここ台湾も旧暦を使うので、新暦の正月1月1日は祭日ではあるものの、だだの月替りと何ら変らないの です。これに引き換え、2月の旧暦の正月は、盛大に御祝いをするそうです。その頃まで滞在していれば、 報告出来ると思います。それから、日立物流の井上さんという方が雑煮の作り方をホテルに伝授して 1月1日の朝食に雑煮を食べる事が出来ました。
そう言えば、ここでは年齢を数え年で表現します。日本でもオジイチャン、オバアチャンが 使っていた記憶があります。
*参考* 数え年とは、生まれた日が1歳です。次の年の誕生日で2歳になります。だったかな? 私も良く分からないのです。

言葉 (12月)
此処台湾には、日本で言うところの方言が2つ有ります。公用語(標準語)は北京語で、 その他に、台湾語と客家語です。私は作業員が教えてくれる言葉を通訳さんに話すと、 「それ何語?分んないよ!」と言われます。発音が悪いのと台湾語と北京語がごちゃ混ぜみたい で意味不明みたいです。まぁいっか!

小さな旅 (12月)
親友の朴さん(韓国)が次の現場に赴任する事になり、その送別でミニミニ旅行(散歩程度) をする事にしました。行き先は、台中から電車で6つ目の員林(インリン)という街です。

 
台中駅を出発。
  


員林の屋台通り、ここは通訳さんの故郷でもあり、その両親が営む屋台にもお邪魔しました。
美味しいチキンカツをご馳走になりました。大きくて美味い。  
鍋の屋台にも行きました。

靴屋さんで、くたびれかけた私の革靴も新調し足取りも軽く、員林駅を後にして帰りました。

自由な世界 (12月)
ここの犬達は幸せだと思いました。何故って、鎖に繋がれなくて自由に 歩き回れるのです。歩道も無いのに良く無事に過ごせるなぁ!そう言えば 通訳さんちの犬が交通事故に遭ったと聞きました、命には別状無かった ようです。

何かが足りない (12月)
つい当たり前と思ってる事が他の所では違っている事って時々 あると思いますが、皆さんは如何ですか?最近、ここに来て気付 いたのですが小鳥やカラスを見かけないのです。ゴミの量が少な いのか、山に餌が豊富に在るのか?もっと調査してみたいと思います。

通訳さん達 その2 (12月)
先日仲間内の誕生会をした時に出席した通訳さん達です。

結婚式の朝(12月)
台湾の結婚式当日の朝は、前日から宿泊している花嫁を新郎が出迎えに来る事から始まります。
 
花嫁の部屋まで迎えに行き一緒にロビーに下りて来て、花嫁の両親に挨拶をする。
 
  
新郎新婦が乗り込む車には竹、さとうきび、大根の飾り付けが施されています。
 
激しい爆竹の破裂音の中車は式場に向け出発。式の後は別のホテルや宴会場で披露宴パーティー という段取りだそうです。

ゴミ焼き?(11月)
街を歩くと家の前に小さな焼却炉みたいなものが置いてあります。 町内美化運動の推進かと思っていたのですが、通訳さんに聞くと違ってました。 これは、あの世に旅立ったご先祖様達にお金を持たせる為、お金と称して作った紙を ココで焼く為の物でした。ポケットに入っているゴミを入れないで良かったなぁ!

足裏マッサージ
クリーンルームの仕事は立ちずくめの1日で、足腰にこたえます、 そこで私は足裏マッサージを利用してます。1,500円位で1時間。気持ち良くて何時も 気が付くとマッサージは終わっているのに、気絶してスヤスヤとオネンネしてます。

 

屋台
街のあちこちに、屋台が在ります。安く台湾料理を食べる事ができます。ホテルの近くにも在るので 良く利用しています。

 

ホテルの地下
ホテルには工事の関係者(日本人+韓国人)が約100人?宿泊しています。ホテルの地下には 私達の為にカラオケバーを作ってくれました。30~40席のホールです。歌は、曲はちょっと古く 数も少ないけど、良い感じで週1~2回お邪魔してます。

 
ホテルの従業員女性達と知り合いになった韓国のバクさん(左)ノーさん(右) マイクは私です。

仕事現場
少しは仕事している事も信じてもらわないと困るので、写真を一枚載せます。
写真は重量鳶の班長さん(左)と通訳の女性(右)です。 これは液晶パネル工場の4階(担当階)です。ここは100m×200m (測ってはいないけど)くらいの広さがありこの部屋全体に機械類が入りラインが出来るのです。
建物全体がクリーンルームなので、ご覧のようにクリーン服に身を固めての作業です。 黄色い蛍光灯は、紫外線を嫌うエリアみたいです。
現在このフロア―では170名の作業員が働いています、他業種を入れると300名?くらいは 居ると思います。床は所々3.5階から吹き抜けとなっており、階高は普通の建物の2倍は あるので非常に危険なのです。先日も他業種の作業員が転落しました。 「どうか生きて帰れますように。ムニャムニャ。」

必殺スクーター
スクーターにはビックリしました。歌の文句じゃないけれど 「国民の足スクーターは何時でも手軽に乗れる~」3人4人は当たり前、 犬まで一緒に乗ってますょ。

自動車優先
交差点などで横断歩道を渡るときは注意しなければなりません。 日本の感覚でいると車に跳ねられそうになります、歩行者が居ても止まって くれないのです。歩行者が止まり車を先に通した方が安全なのです。

地図さえあれば
市内の通りには全て名前が付けられており、交差点毎に表示されて いるので通り名が記入された地図を入手すれば迷う事はありません。

歩道
歩道と言えば人の歩くところですが、普通日本の大きな都市では 歩道は整備されていて人の安全は保護されていると思いますが、 ここは少し事情が違います歩道と車道が分かり辛いのです。道路を歩 いていて何処を歩いて進んで良いのか分からなくなるのです。公共施設 (学校、公園、博物館等)の周囲は整備されています。どうも軒下は 私有地みたいなのですが、その横の歩道と思われる所には自動車やバイク が駐車していて、歩行者は車道側を歩かざる得ないのです。

  

印象 (9月下旬)
八月に台湾に来て40日以上経ちました。まだまだ暑いですが朝夕は秋を 感じます。
今後私の生活を中心に台中(タイツォン)の街の紹介をして行きたいと 思います。写真はパソコンにUSBポートが無いので後日装備してから掲載 したいと思います。

台中は台湾第三の都市で生活意識水準は高く、現場労働者も地元の人は 少なく台北や台南から集まって来ています。日本人に対しては友好的で 生活して行く上で困ることは無く毎日快適に過ごしています。

交通は、車とスクーターとタクシーが多く、市内バスは日本に比べ かなり少なく私達の移動はもっぱらタクシーを使っています。 10kmで千円くらいでリーズナブルで、SOGOや三越までの 買い物(3km位の道のり)にもタクシーを使います。

   初めての台湾(台中)
8月22日、空路で台中に行きました。目的は観光ではなく仕事です。 大型液晶パネルの製造工場ラインの工事です。渡航して一ヶ月経ちましたが、 残業が22時前後まであるため休みの日曜日はひたすら睡眠不足解消の 寝貯めをします。  

 

トライアル バイク

20、30代の頃、はまっていました。写真は冬ですが、汗をかくほどハードです。

当時乗っていたバイクはホンダTLM200という2サイクルエンジンのものでした。

近年ホンダは4サイクルエンジンのトライアル車に力を注ぎ、ホンダの技術がたっぷり入ったこのエンジンを、スペインで生産しているコタ4Rに搭載しました。
バイク トライアル