台湾 台中(2005.7~205.11)

仕事の終わり (2005年11月下旬)
今回の工事は終わり日本に帰る事になりました。現場は液晶テレビ用の画面部分を作る工場 でしたが、稼動状態での機械の工事は作業時間も少なくて思うような作業が出来ず、現場に残るメンテナンス 部隊に引継ぎ書を書いて託した所も多々ありました。でも今回は、電気の仕事が出来ない時は他の部門 (機械、調整)のお手伝い等を興味深くやらせて頂き、自分にとって勉強になりました。この場を借りて、 関係の方々へお礼を申し上げます。
現地工場の紹介。 
さらに、仕事以外でも非常に沢山の現地の方々にも、お礼のしようが無いほどの厚意を受けました。 本当に有難うございました。

ウォーキング (2005年11月中旬)
今日はホテルから車で30分位の所にある大坑に行きました。到着は午後4時過ぎ、近くの 小山の上にあるお寺までのウォーキングをしました。健脚なら20分、私のような怠惰脚は40分 の登りと20分の下りのコースでした。この辺はこういったコースが三つ位あるみたいで、その中の 一番ショートコースだったそうです。歩き終わると汗だくで、麒麟温泉で汗を流した後、地鶏料理 を食べて帰って来ました。

写真が無くて申し訳ありません。

果物? パート6 (2005年11月上旬)
シリーズ的題名として果物と書きましたが、ジャンルが分かりません。
名前は菱角(リンチャオ)といいます。味と言うか食感は栗に近いです。 でも、採れる場所は水の中で、水中植物の根っ子らしいです。見ての通り鼻髭みたいな形で、 何ともユーモラスな形をしています。後で仕事場の人に聞いたら日本では菱(ひし)と言うらしいです。 私は初めて食べました。

皮を剥いたところ。

 酒工場見学 (2005年11月上旬)
台中に酒工場があることを知り日曜日に仕事仲間と出掛けた。最近覚えたバスに乗って近くの バス停で降り、コンビニで道を聞くと五分くらいと言われて歩くことにした。ところが、車で五分だったらしく、一時間ほど歩いてようやく到着した。到着後は試飲に 励んだが、汗の分を取戻す事が出来なかったので、大生ビールを飲んで一服してタクシーで 帰りました。

 

 

休日の潰し方 (2005年10月上旬)
市内バスに乗って、何処か知らない所へ行こうという志を持つオジサン三人が、日曜日に集まった。 取り合えず、ホテル横のバス停から乗り込む。それは台中駅行きだったので、駅で下車。持っていた 地図で一番山に近い所へ行こうという事になり、其処に行くべくバス停でジュースを飲みながら 30分ほど待つ、ホントに来るのか?不安を抱きつつ、馬鹿話に花が咲く。そのうちホントにバスが 来た。当然乗った。

  

運転手に地図を指示し、彼の言うお金を運賃箱へ。30分思ったより早く着き 降立つ、案内板も無く山の方へ歩くと、樹上珈琲座という看板が目に付く。

珈琲を飲もうと言う事に相なり、歩き出す。道は山に向かって登り、秋の太陽と言えども南国、 ジリジリと暑い。看板が100メートル毎に電柱に現れる、その度に吸い寄せられるように 足が動く。もう駄目と諦め かけた時、それが置き看板に変わり目的地の近さを予感させる、またまた足が動き坂道を上っていく。 過ぎる車のチョット冷ややか目線を感じつつ、珈琲の麻薬的暗示かその達成感を味会う為の 行動に駆られ歩く。自分の姿を第三者的に見ると、冷ややかな目線をしている自分が居た。 パラドックスの中を歩く。

 

目の前が少し開けた時、それらしき建物が見えた。足が少し速やまり、 到着すると其処は休業だった。心の片隅に在った絶望の欠片が一気に膨張し張り裂け一同ガッカリする。 リュックの中を、まさぐると古いガムが在った、皆で口に入れ気持ちを紛らしながら 下山する、麓に着いて最初のジュース屋で喉を癒す。 さり気無い店がオアシスに見えた。
その後バスで逆戻りする。この日10時から夜18時までの時間が潰れた。 収穫はバスで駅まで行く手段が分かった事。 今まではタクシーのみだったのが、たった20元(70円)で駅まで行ける事がに感動した。スバラシイ。

歯  医  者 (2005年9月下旬)
歯石を取りに、歯医者さんに行きました。こっちの歯医者は夜11時頃までやっていて、働く人 にとっては大変助かります。玄関はチョット変わってます見ての通り、靴を玄関の扉の外側に 脱ぎます。それから、治療台が椅子ではなくベットのようにまっすぐです。
歯石を取って、虫歯が見つかったので治療もしました。虫歯二本で約8400円でした。

  

それから、治療台の横に、うがい装置が無いのでチョット不便です。治療が終わって 流しで、うがいをするのです。

小  旅  行 (2005年9月中旬)
9月18日の日曜日に日帰り旅行に行きました。同行者は仕事現場の同僚、波多江さんです。
目的地は、台湾唯一の国立公園の阿里山(ありさん)です。そこを走る世界三大登山鉄道 の一つ阿里山森林鉄道に乗る事にしました。 ちなみに、残りの二つとは、インドのダージリン鉄道、チリ⇔アルゼンチンのアンデス山鉄道 らしいです。

 

朝5時45分にホテル出発、台中駅から自強号(じきょうごう)で一時間半、嘉義(かぎ) 駅下車。一旦改札を出て切符売り場の四番で阿里山までの切符を買う。発車の9時まで 帰りのバス乗り場の確認をして駅の周りを一回りしてコーヒーを飲みながら待ちました。待ってる間、 ひっきりなしに阿里山ナントかカントカと言いながら呼込みのオジちゃんオバちゃんが 近寄って来ます。

改札は国鉄(言い方が古いですけど雰囲気はバッチリだと個人的に納得している)と同じですが 別会社のため切符に鋏は入れずに列車の居る方向を指差すだけでした。 ハリーポッターに出て来る魔法界行きのホームみたいに、一番ホームの端から幅の狭いホームが 延長してあって、さしずめ1・2/3ホームってとこですか?
幅70センチ位のレールの上に可愛いディーゼル機関車と客車四両が居ました。

 

 

よく見ると日本製でした、静岡県の大井川鉄道と同じ列車らしいです。客車には冷房機と トイレが付いています。一列、2席+1席 で全席指定です。
機関車の中を見ると操作盤の上に家庭用のルームエアコンが装備されています。出発地が亜熱帯 と言う事でオペレーターの環境にも考慮してあるようです。
さて70km、3.5時間の森林鉄道の始まりです。 時速30キロくらいでユックリ走るのですが、揺れはインディージョーンズのトロッコ(想像) みたいに凄く揺れました。 市街地を抜けると南国のノンビリした風景が続きます、1時間ほどすると登る感じがしてきました。 途中ループ式で3回転とスイッチバック式を二回、その他多数のカーブとトンネルを通りながら 阿里山に向かいます。その間10駅くらい停まりました。途中犬も乗って来ました。 線路横の軒先とすれすれで、梅屋敷のジェットコースター低速版みたいです。

 

 

線路と平行しているのか?登山道または散策路が駅の付近に多く見られました。トンネル入口には 標高が書いてあり高度が分かる仕組みです。この辺まで来ると杉やヒノキが目立ってきて日本的 な景色、谷向こうに見える山も断崖絶壁の凄そうな山です。

 

中間地点付近の奮起湖という駅で、名物駅弁を買いましたが酷い揺れで半分酔払っていたので、 食べるのはお預け、隣で美味しそうに食べるお嬢さんに美味しい?と聞くとニッコリ笑って 「最高よ!何で食べないの?」って言われました。このお嬢さんは、おばぁちゃんと二人旅で 一泊して次の日に御来光(日の出)を見るとのことでした。私達の無計画な旅とはかなり違いますね。

一つ目のスイッチバックであることの表示看板とその近くに在る、倒れた古木。かなりの 大木だったみたいです。

  

12時30分頃いよいよ、阿里山駅に到着。これまで青空だった天気が少し変になって来て 近くの食堂で昼ご飯を食べてる間に見る見る曇って何時しか雲の中みたいになったのです。 これでは散策して景色を見ることもままならないので、2時のバスで下山する事にしました。

  

売店広場の上の方に見える木造建築の骨組みは地震で壊れた駅の修復中らしいです、我々が下車した 駅は仮設の駅だったみたいです。

 

このバスは、かなりのスピードで山道を下って行きました。おかげで又酔払いました。途中 阿里山の名物、お茶畑を撮りましたがチョットブレ気味ですね。 嘉義駅まで土砂降りの雨の中を二時間半で走り、嘉義から台中に戻るのもバスにしました。 ところが高速道路は中秋節の帰り車で少し渋滞気味でホテルに戻ったのは9時頃、 14時間のミニ旅行が終わりました。波多江さんお疲れ様でした。 シンクーラー。

月    見 (2005年9月中旬)
日本では十五夜のお月見は、ススキを飾り月を見ながら団子を食べる。最近では団子だけ食べる など省略スタイルが多いと思いますが、ここ台湾では中秋節と言いお正月に次ぐ大行事です。
9月18日は両親の元に帰郷して家族皆でバーベキューを楽しみます。今年は18日が日曜日 なので、前日の土曜日に宴を設ける人が多いそうです。滞在中のホテルでも夕刻6時から裏庭で バーベキューが行われ、宿泊客も招待されました。

月を見る人は少ない?
 
ホテルのスタッフは大活躍。社長も焼くのです。
 
プロの歌手も呼び、カラオケやゲームで盛り上がるのでした。

果物 パート5 (2005年9月中旬)
今日の果物は、名前は調べておきますが種類は梨です。大きいです。今日の昼ご飯はこれ1個 で充分でした。味は甘くて大変美味しかったです。

果物 パート4 (2005年9月中旬)
今日の果物は、文旦(ブンタン)です。見ての通りミカン系です。味は酸っぱさは無く大味 ですが、甘かったです。皮が分厚くて1個剥くと手が油でビッショリになりました。

電気街 (九月上旬)
ここ台中にも、電気街が駅の近くにあります。今日は電気街の先輩二人に連れられて やって来ました。細い路地に道具屋、部品屋がひしめき合いながら商いしてました。 大人三人が日曜日の午後4時間を費やすに充分な所でした。
 
私の本日の収穫は、モレックス用ピン抜き2本(バッタモン)とミラーと液晶保護フィルムでした。

台風一過 (九月上旬)
13号台風、直撃の翌朝いつものように仕事に出かけました。一日半ホテルに缶詰だったので、 通勤バスからの眺めは台風の爪あとツアーのようでした。ここ台中は平野なので雨の被害は 目立たなく風の被害が目立ちます。街路樹は折れまくりその枝が道路を塞ぎ渋滞が起きています。 軍隊が出動して市当局と共同で片付けを始めましたが、帰り道には未だ残骸が残ってました。 それから、大き目の看板の破損もあちこちで起きています。
 
台風通過中、ホテルの窓から。根っこから倒れる木もチラホラ。

 
途中から折れるものも、台風が木の弱い部分を折って行く。
自然に強い木が生き残る仕組み。
 
公園脇の路上に集められた木の枝、幹線路が優先で片付けられるようです。
このカッコイイビルの窓も一枚無くなっていた。真中やや下ですが、このサイズ では見えないですね。チョットチョット其処のオジサン!画面にかぶりつかないでください。

お弁当 (八月下旬)
今日は、台風13号の接近で外は風雨が強く、夕食に行けそうにありません。
日本だったら、出前にしようか!となりますね。
実は先日ホテルマン達が夕食の出前を注文する現場に居合わせたので、一緒に頼んで もらった事があったのです。これを思い出して今日又頼んでもらったのです。

日本的名前は、照り焼きキチン弁当ってとこですかね。味が良くしみた美味しい弁当でした。

 
これは、次の日の夜弁当です。鱈のフライ弁当です。これも中々の味でした。

果物 パート4 (2005年八月下旬)
今日の果物は、釈迦頭(しゃかとう)見た感じがお釈迦様の頭みたいに見える事から、 この名が付いたそうです。大きい物だとソフトボール位で、これは少し小振りですね。
今は硬いので指で押して少し柔らかくなったら食べ頃です。去年食べた時は、柔らかく なり過ぎていて、二度と食べたくないと思ったほど超甘でした。今回は失敗しないように 食べたいと思います。
 
お釈迦様の頭と言っても、信仰心の薄れた日本ではピント来ませんが、寺小僧の私は聞いた瞬間 に直ぐ納得しました。

果物 パート3 (2005年八月中旬)
今回の果物は、ホンザオという物。大きさはグミ位で、味は林檎の甘くも酸っぱく無いって 感じですね。
このホンザオの種が何とかと言う漢方薬になるそうです。
 
ホンザオの実を食べるのは大変珍しいそうで、今日フロントに居たホテルマン達も初めて 食べたそうです。

果物 パート2 (2005年八月中旬)
今回の果物は、葡萄です。見てのとおり、日本で普通に見るものと同じです。

これは、日本に輸出用のもので台湾では食べないそうです。知り合いから頂いたものです、輸出用 とあって未だ熟れていない状態です。もらって直ぐ食べたのですが、甘くなくて今日で5日目です。 もう一週間ほど寝かせてから頂くことにします。

所変われば、鍋料理 (2005年八月中旬)
冬の定番鍋料理!からだが温まって良いですよね。ここ台湾では、真夏に鍋を食べます。
先日、懐かしい友人達と食事でも行きましょうと誘われて、言った先が鍋料理の店。 お店はギンギンに冷房が効いていて、それでも食べてるうちに暑くなって来ました。友人に 何で真夏に鍋なんか食べるの?と聞くと、曰く「日本でも真冬に暖房の効いた部屋でアイスクリーム 食べるでしょ」っと言われ、こらゃーごもっともと、納得したしだいです。
決して鍋料理を馬鹿にして話してる訳ではなく、その日も海鮮鍋を美味しく頂いて帰った訳ですが、 台湾の鍋の具のなかで、日本と大きく違っていることがあるのです。
一つ目はトウモロコシで、二つ目は青っぽいトマト、三つ目は「フ」みたいな「湯葉」 みたいな「パン」みたいなものです。
皆さんも、是非台湾鍋を食べてみてください。本当に美味しいですよ。

果物 (2005年八月上旬)
露店で買った果物の名前は「龍眼」(ロンイェン)といいます。
大きさは梅干大で食べるとライチに似た味がします。
旬はライチの後らしいです。ホテルマンはライチの弟と言ってました。
 

2回目の勤務 (2005年7下旬)
2ヶ月の予定で再び来ました、ホテルも前回のホテルです。ホテルマン達の懐かしい顔が何故か 嬉しいです。