電気工事

NTT交換所デジタル化の電力工事、木造住宅配線、マンション配線、TVアンテナ工事、エアコン工事、工場機械配線、LAN工事など色んな工事をやりました。
景気が冷え込んで仕事が少なくなることに加え、南極に行く回数が増えて1年半以上留守することで仕事が減り、台湾や中国にある半導体、液晶パネル製造(クリーンルーム)製造工場に出稼ぎに行きました。
変わったところでは、府中刑務所内にPHSのアクセスポイントの設置工事もありました。

府中刑務所

出所まえ (2006年6月上旬)
誠心寮という建物が在ります。ここは釈放前約2週間の囚人さんが居るところです。 鉄格子もなく、ドアの鍵もなし、食堂で自由に会話できて、綺麗な内装です。

模範囚 (2006年6月上旬)
牢屋の中に、ドアで区切られた「のぞみ寮」という所が在ります。ここには、模範囚が入るそうです。 10部屋程ですが、今日は空室でした。

釈放 (2006年6月上旬)
今朝、白塗りのベンツが3台駐車していました、お勤めが終わったヤクザさんが出所しました。 お世話になった看守さんに、愛想良く何回もお辞儀していました。

カルガモ (2006年6月上旬)
ここには、カルガモ君が居ます。春にふ化した子供達は総勢14羽でカラスなど食べられて、 現在2羽が元気良く育っています。
刑務所内には3箇所に池が有り、アチコチ親子で歩き回っています。

パン売り (2006年6月上旬)
今朝、炊場から多量のコッペパンを運び出していました。行き先は科学博物館?か何処かで 全国の刑務所で製作された色々な物の展示販売会でコッペパン2個100円 で売るそうです。このパンは大変評判が良くて直ぐ売り切れるらしい。

病棟 (2006年6月上旬)
以前、病棟の奥に、結核病室があると書きましたが、今日はそこの工事でした。
先ず、白衣を着て強力マスクをして入口で手を消毒します。30分くらいの作業でした。 それから、一般病棟の入口に居た点滴を受けていた寝たきりの囚人さんが居なくなってました。 亡くなったのかな?

雨に負けず (2006年5月下旬)
看守さんの制服は、3種類です。夏、冬、間服があるそうです。5月は冬と夏の間で、1ヶ月だけ間服を 着るそうです。
刑務所内は雨が降っても傘はさしません。(ある意味傘は凶器になるからだそうです) 看守さんは、我々がカッパを着るくらいの雨でも制服のままです。まぁ、主要建物間は屋根付きの 通路で繋がっていて通常では濡れないのかもしれません。
でも、朝の出勤の様子を見る限り、傘をさしての出勤光景は見かけませんね。

騒ぐ囚人 (2006年5月下旬)
保護房という建物(牢屋)があります。ここは騒いでどうしようも無い囚人さんが入るそうです。
府中刑務所では、5棟中20部屋位存在しますが、4部屋くらいが使用中でした。 その内一棟は古く映画で見る牢屋って感じが色濃く残っています。全ての保護房の内装は床,壁,天井 共に板張りで、便器に金隠しなし、天井は3メートルくらい、上の方に明り取り、出っ張りが無く、 相当暴れてもゲガしないような造りです。その内一部屋だけ内装前面にクッションが貼り付け られた所がありました。
この日の作業中に、叫びながら何処かをガンガン叩く音がしていました。

厨房 (2006年5月下旬)
今日は厨房(炊場)の工事しました。厨房は常に稼動しているので、昼間は工事が 出来ないので、18時から20時までの夜作業でした。
さすが3000人の囚人さんの食事を作っているだけあって、小学校の給食室のデッカイ版でした。

独房 (2006年5月中旬)
今日から最もヤバイ囚人さんたちの居る独房の工事、仕事仲間のOさんは 牢屋の中から「10トントラックでひき殺すぞ」と言われたらしくてかなりビビッていた。 このヤバイ独房は全5棟の内の2棟で、一週間をかけて工事を実施する計画です。
耳栓着用で仕事しようかなぁ?(笑)

病気になったら (2006年5月中旬)
今日は病舎の作業でした。病舎は3階建てですが、病院として使用しているのは 1階部分で2,3階は一般牢屋と同じです。
もちろん、囚人さん達が病気になった時に此処に入るのですが、本当に病気の囚人さんは 数える程、殆どが仮病らしいです。
病舎の廊下の奥の方に扉で仕切られた10部屋が結核病室でした。

テレビの番組 (2006年5月中旬)
2つ前にで部屋にテレビが1台づつあると書きました。その放映内容は全て録画したドラマを 全館同じ時間帯に放映しているそうです。
ニュース系は放映しないそうです。

休みの日 (2006年5月中旬)
受刑者は自分に向いた作業に従事しますが、土、日は作業や運動はしません。 牢屋の中にいて、思い思いに読書や転寝している様子です。でも、食事係りだけは 作業しています。

環境 (2006年5月上旬)
牢屋の内部を紹介しましょう。大体はテレビや映画で見た通りでした。一つ ビックリしたのは、一部屋に一台テレビが設置されている事です。冷暖房は昔から 無いそうです。

独房ゆき (2006年5月上旬)
前回独房の話をしましたが、今日の作業はその独房内の工事をしました。
何故独房に入るかというと、集団生活が出来ない、強調性に乏しい等がその理由です。 運動も独り、作業も独房で独り、風呂も独り、なのです。刑の重い軽いや受刑期間が長い 短い等は関係ないのです。辛い刑務所も皆で和気藹々と暮らせば少しは楽しいでしょうに。

自動車整備 (2006年5月上旬)
以前、作業所があって色々な物を造っていると書きましたが、新しい物を発見しました。
それは、自動車整備工場です。民間の整備工場の出張所みたいな運営をしているようで、 整備工場の工員を囚人さん達がやっているのです。

運動 (2006年5月上旬)
運動(体を動かす事)は万人にとって大事な事です、囚人さん達も晴れた日には運動場で、体を動かします。 ミニテニスみたいなもの、ジョギング、ストレッチ、各人それぞれです。雨の日は体育館になります。
ところが、狭いところでしか運動出来ない囚人さん達がいます。それは独房に居る囚人さんです。みかんを横に カットした物を想像してください。そのミカンの1房が運動場所なのです。運動する時も独りなのです。

面会人 (2006年4月下旬)
面会人は結構頻繁に来るのですが、女性は結構美人(美形)系が多いです。 ヤクザさん達は美人が好きみたいですね。

受刑者 (2006年4月下旬)
ここは、再犯以上の囚人さんの刑務所で、主にヤクザさんです。先日週刊誌に載っていた、 現在山口組6代目が収監されているらしいです。ビップ待遇で看守さんも専属で他の囚人 さん達と接することなく受刑しているらしい。

出所 (2006年4月下旬)
4月の日曜の朝、あるヤクザの幹部が出所して行くのを目の当たりにした。 作業の為入場待ちしていると、白色セルシオや白色系ワゴン車が4、5台駐車場に 入って来て怖そうな人が降りて来た。その内囚人さんが独り出所して彼らの前に 歩いて行き深深とおじぎして、出迎えの人たちに「ご苦労さんでした」「お疲れ様でした」 と声を掛けられていた。最後にベージュ系の背広を着た優しそうなオジサンにポンポンと 肩を叩かれながら車に乗り込んで行きました。
映画で見たシーンを思い出しました。

音楽会 (2006年4月下旬)
今日は土曜日、正門前の駐車場に何時もより沢山の車があった。大物でも出所するのかと 思いきや、手に手に楽器ケースを持っている様子である。 守衛さんに聞いたら、月に一度の楽団による演奏会らしい、聴衆は囚人さんである。 ほとんどの囚人さんが、この演奏を聞くらしいです。

仕事時間 (2006年4月中旬)
ここの中は作業時間が短いので困ります。朝は8時15分頃から入場手続きをして現場に 付くのは9時。立会い者が二人付きます。立会い者の目の届く範囲内だけしか自由に移動できない のです。11時30分に全ての材料と工具と一緒に塀の外に出なければならないのです。 午後は現場に付くのは13時30分ころ、15時30分過ぎには片付けを始めて16時30分 までに塀の外に出ます。ということで、4.5時間くらいしか作業時間がないのです。

やります (2006年4月中旬)
ここは、何でも囚人さん達がやります。
トイレ掃除(当たり前)、所内掃除、自分達の服の洗濯(凄い量です3000人分)、自分達の 食事、庭の造園。月曜~金曜日は作業所で色々な物を作っています。有名なのは革製品や 家具類ですが、その他にもモーターのコイル、エアーフィルター等等。多岐に渡っています。

何時もと違う (2006年4月初旬)
通常工事で客先での作業中は、お客様の邪魔にならないように加工場所の設定や材料の置き場 、お客様の通行がある時は作業を一次中断することは当たり前です。
でも、ここでは私達が優先です、囚人さん達が団体で通り掛かると、看守さんが作業の邪魔に ならない様に歩け!という指示が飛びます。こちらは、つい何時もの癖で避けてしまうのです。 だいぶ慣れてはきましたが、何か変です。

撮影禁止 (2006年3月下旬)
今回の仕事現場は都府中刑務所です。普通では入れない場所なので仕事をしながら仕入れた 情報を書いてみたいと思います。
写真が思うように撮れないのが残念です。

 

台湾 台中(2005.7~205.11)

仕事の終わり (2005年11月下旬)
今回の工事は終わり日本に帰る事になりました。現場は液晶テレビ用の画面部分を作る工場 でしたが、稼動状態での機械の工事は作業時間も少なくて思うような作業が出来ず、現場に残るメンテナンス 部隊に引継ぎ書を書いて託した所も多々ありました。でも今回は、電気の仕事が出来ない時は他の部門 (機械、調整)のお手伝い等を興味深くやらせて頂き、自分にとって勉強になりました。この場を借りて、 関係の方々へお礼を申し上げます。
現地工場の紹介。 
さらに、仕事以外でも非常に沢山の現地の方々にも、お礼のしようが無いほどの厚意を受けました。 本当に有難うございました。

ウォーキング (2005年11月中旬)
今日はホテルから車で30分位の所にある大坑に行きました。到着は午後4時過ぎ、近くの 小山の上にあるお寺までのウォーキングをしました。健脚なら20分、私のような怠惰脚は40分 の登りと20分の下りのコースでした。この辺はこういったコースが三つ位あるみたいで、その中の 一番ショートコースだったそうです。歩き終わると汗だくで、麒麟温泉で汗を流した後、地鶏料理 を食べて帰って来ました。

写真が無くて申し訳ありません。

果物? パート6 (2005年11月上旬)
シリーズ的題名として果物と書きましたが、ジャンルが分かりません。
名前は菱角(リンチャオ)といいます。味と言うか食感は栗に近いです。 でも、採れる場所は水の中で、水中植物の根っ子らしいです。見ての通り鼻髭みたいな形で、 何ともユーモラスな形をしています。後で仕事場の人に聞いたら日本では菱(ひし)と言うらしいです。 私は初めて食べました。

皮を剥いたところ。

 酒工場見学 (2005年11月上旬)
台中に酒工場があることを知り日曜日に仕事仲間と出掛けた。最近覚えたバスに乗って近くの バス停で降り、コンビニで道を聞くと五分くらいと言われて歩くことにした。ところが、車で五分だったらしく、一時間ほど歩いてようやく到着した。到着後は試飲に 励んだが、汗の分を取戻す事が出来なかったので、大生ビールを飲んで一服してタクシーで 帰りました。

 

 

休日の潰し方 (2005年10月上旬)
市内バスに乗って、何処か知らない所へ行こうという志を持つオジサン三人が、日曜日に集まった。 取り合えず、ホテル横のバス停から乗り込む。それは台中駅行きだったので、駅で下車。持っていた 地図で一番山に近い所へ行こうという事になり、其処に行くべくバス停でジュースを飲みながら 30分ほど待つ、ホントに来るのか?不安を抱きつつ、馬鹿話に花が咲く。そのうちホントにバスが 来た。当然乗った。

  

運転手に地図を指示し、彼の言うお金を運賃箱へ。30分思ったより早く着き 降立つ、案内板も無く山の方へ歩くと、樹上珈琲座という看板が目に付く。

珈琲を飲もうと言う事に相なり、歩き出す。道は山に向かって登り、秋の太陽と言えども南国、 ジリジリと暑い。看板が100メートル毎に電柱に現れる、その度に吸い寄せられるように 足が動く。もう駄目と諦め かけた時、それが置き看板に変わり目的地の近さを予感させる、またまた足が動き坂道を上っていく。 過ぎる車のチョット冷ややか目線を感じつつ、珈琲の麻薬的暗示かその達成感を味会う為の 行動に駆られ歩く。自分の姿を第三者的に見ると、冷ややかな目線をしている自分が居た。 パラドックスの中を歩く。

 

目の前が少し開けた時、それらしき建物が見えた。足が少し速やまり、 到着すると其処は休業だった。心の片隅に在った絶望の欠片が一気に膨張し張り裂け一同ガッカリする。 リュックの中を、まさぐると古いガムが在った、皆で口に入れ気持ちを紛らしながら 下山する、麓に着いて最初のジュース屋で喉を癒す。 さり気無い店がオアシスに見えた。
その後バスで逆戻りする。この日10時から夜18時までの時間が潰れた。 収穫はバスで駅まで行く手段が分かった事。 今まではタクシーのみだったのが、たった20元(70円)で駅まで行ける事がに感動した。スバラシイ。

歯  医  者 (2005年9月下旬)
歯石を取りに、歯医者さんに行きました。こっちの歯医者は夜11時頃までやっていて、働く人 にとっては大変助かります。玄関はチョット変わってます見ての通り、靴を玄関の扉の外側に 脱ぎます。それから、治療台が椅子ではなくベットのようにまっすぐです。
歯石を取って、虫歯が見つかったので治療もしました。虫歯二本で約8400円でした。

  

それから、治療台の横に、うがい装置が無いのでチョット不便です。治療が終わって 流しで、うがいをするのです。

小  旅  行 (2005年9月中旬)
9月18日の日曜日に日帰り旅行に行きました。同行者は仕事現場の同僚、波多江さんです。
目的地は、台湾唯一の国立公園の阿里山(ありさん)です。そこを走る世界三大登山鉄道 の一つ阿里山森林鉄道に乗る事にしました。 ちなみに、残りの二つとは、インドのダージリン鉄道、チリ⇔アルゼンチンのアンデス山鉄道 らしいです。

 

朝5時45分にホテル出発、台中駅から自強号(じきょうごう)で一時間半、嘉義(かぎ) 駅下車。一旦改札を出て切符売り場の四番で阿里山までの切符を買う。発車の9時まで 帰りのバス乗り場の確認をして駅の周りを一回りしてコーヒーを飲みながら待ちました。待ってる間、 ひっきりなしに阿里山ナントかカントカと言いながら呼込みのオジちゃんオバちゃんが 近寄って来ます。

改札は国鉄(言い方が古いですけど雰囲気はバッチリだと個人的に納得している)と同じですが 別会社のため切符に鋏は入れずに列車の居る方向を指差すだけでした。 ハリーポッターに出て来る魔法界行きのホームみたいに、一番ホームの端から幅の狭いホームが 延長してあって、さしずめ1・2/3ホームってとこですか?
幅70センチ位のレールの上に可愛いディーゼル機関車と客車四両が居ました。

 

 

よく見ると日本製でした、静岡県の大井川鉄道と同じ列車らしいです。客車には冷房機と トイレが付いています。一列、2席+1席 で全席指定です。
機関車の中を見ると操作盤の上に家庭用のルームエアコンが装備されています。出発地が亜熱帯 と言う事でオペレーターの環境にも考慮してあるようです。
さて70km、3.5時間の森林鉄道の始まりです。 時速30キロくらいでユックリ走るのですが、揺れはインディージョーンズのトロッコ(想像) みたいに凄く揺れました。 市街地を抜けると南国のノンビリした風景が続きます、1時間ほどすると登る感じがしてきました。 途中ループ式で3回転とスイッチバック式を二回、その他多数のカーブとトンネルを通りながら 阿里山に向かいます。その間10駅くらい停まりました。途中犬も乗って来ました。 線路横の軒先とすれすれで、梅屋敷のジェットコースター低速版みたいです。

 

 

線路と平行しているのか?登山道または散策路が駅の付近に多く見られました。トンネル入口には 標高が書いてあり高度が分かる仕組みです。この辺まで来ると杉やヒノキが目立ってきて日本的 な景色、谷向こうに見える山も断崖絶壁の凄そうな山です。

 

中間地点付近の奮起湖という駅で、名物駅弁を買いましたが酷い揺れで半分酔払っていたので、 食べるのはお預け、隣で美味しそうに食べるお嬢さんに美味しい?と聞くとニッコリ笑って 「最高よ!何で食べないの?」って言われました。このお嬢さんは、おばぁちゃんと二人旅で 一泊して次の日に御来光(日の出)を見るとのことでした。私達の無計画な旅とはかなり違いますね。

一つ目のスイッチバックであることの表示看板とその近くに在る、倒れた古木。かなりの 大木だったみたいです。

  

12時30分頃いよいよ、阿里山駅に到着。これまで青空だった天気が少し変になって来て 近くの食堂で昼ご飯を食べてる間に見る見る曇って何時しか雲の中みたいになったのです。 これでは散策して景色を見ることもままならないので、2時のバスで下山する事にしました。

  

売店広場の上の方に見える木造建築の骨組みは地震で壊れた駅の修復中らしいです、我々が下車した 駅は仮設の駅だったみたいです。

 

このバスは、かなりのスピードで山道を下って行きました。おかげで又酔払いました。途中 阿里山の名物、お茶畑を撮りましたがチョットブレ気味ですね。 嘉義駅まで土砂降りの雨の中を二時間半で走り、嘉義から台中に戻るのもバスにしました。 ところが高速道路は中秋節の帰り車で少し渋滞気味でホテルに戻ったのは9時頃、 14時間のミニ旅行が終わりました。波多江さんお疲れ様でした。 シンクーラー。

月    見 (2005年9月中旬)
日本では十五夜のお月見は、ススキを飾り月を見ながら団子を食べる。最近では団子だけ食べる など省略スタイルが多いと思いますが、ここ台湾では中秋節と言いお正月に次ぐ大行事です。
9月18日は両親の元に帰郷して家族皆でバーベキューを楽しみます。今年は18日が日曜日 なので、前日の土曜日に宴を設ける人が多いそうです。滞在中のホテルでも夕刻6時から裏庭で バーベキューが行われ、宿泊客も招待されました。

月を見る人は少ない?
 
ホテルのスタッフは大活躍。社長も焼くのです。
 
プロの歌手も呼び、カラオケやゲームで盛り上がるのでした。

果物 パート5 (2005年9月中旬)
今日の果物は、名前は調べておきますが種類は梨です。大きいです。今日の昼ご飯はこれ1個 で充分でした。味は甘くて大変美味しかったです。

果物 パート4 (2005年9月中旬)
今日の果物は、文旦(ブンタン)です。見ての通りミカン系です。味は酸っぱさは無く大味 ですが、甘かったです。皮が分厚くて1個剥くと手が油でビッショリになりました。

電気街 (九月上旬)
ここ台中にも、電気街が駅の近くにあります。今日は電気街の先輩二人に連れられて やって来ました。細い路地に道具屋、部品屋がひしめき合いながら商いしてました。 大人三人が日曜日の午後4時間を費やすに充分な所でした。
 
私の本日の収穫は、モレックス用ピン抜き2本(バッタモン)とミラーと液晶保護フィルムでした。

台風一過 (九月上旬)
13号台風、直撃の翌朝いつものように仕事に出かけました。一日半ホテルに缶詰だったので、 通勤バスからの眺めは台風の爪あとツアーのようでした。ここ台中は平野なので雨の被害は 目立たなく風の被害が目立ちます。街路樹は折れまくりその枝が道路を塞ぎ渋滞が起きています。 軍隊が出動して市当局と共同で片付けを始めましたが、帰り道には未だ残骸が残ってました。 それから、大き目の看板の破損もあちこちで起きています。
 
台風通過中、ホテルの窓から。根っこから倒れる木もチラホラ。

 
途中から折れるものも、台風が木の弱い部分を折って行く。
自然に強い木が生き残る仕組み。
 
公園脇の路上に集められた木の枝、幹線路が優先で片付けられるようです。
このカッコイイビルの窓も一枚無くなっていた。真中やや下ですが、このサイズ では見えないですね。チョットチョット其処のオジサン!画面にかぶりつかないでください。

お弁当 (八月下旬)
今日は、台風13号の接近で外は風雨が強く、夕食に行けそうにありません。
日本だったら、出前にしようか!となりますね。
実は先日ホテルマン達が夕食の出前を注文する現場に居合わせたので、一緒に頼んで もらった事があったのです。これを思い出して今日又頼んでもらったのです。

日本的名前は、照り焼きキチン弁当ってとこですかね。味が良くしみた美味しい弁当でした。

 
これは、次の日の夜弁当です。鱈のフライ弁当です。これも中々の味でした。

果物 パート4 (2005年八月下旬)
今日の果物は、釈迦頭(しゃかとう)見た感じがお釈迦様の頭みたいに見える事から、 この名が付いたそうです。大きい物だとソフトボール位で、これは少し小振りですね。
今は硬いので指で押して少し柔らかくなったら食べ頃です。去年食べた時は、柔らかく なり過ぎていて、二度と食べたくないと思ったほど超甘でした。今回は失敗しないように 食べたいと思います。
 
お釈迦様の頭と言っても、信仰心の薄れた日本ではピント来ませんが、寺小僧の私は聞いた瞬間 に直ぐ納得しました。

果物 パート3 (2005年八月中旬)
今回の果物は、ホンザオという物。大きさはグミ位で、味は林檎の甘くも酸っぱく無いって 感じですね。
このホンザオの種が何とかと言う漢方薬になるそうです。
 
ホンザオの実を食べるのは大変珍しいそうで、今日フロントに居たホテルマン達も初めて 食べたそうです。

果物 パート2 (2005年八月中旬)
今回の果物は、葡萄です。見てのとおり、日本で普通に見るものと同じです。

これは、日本に輸出用のもので台湾では食べないそうです。知り合いから頂いたものです、輸出用 とあって未だ熟れていない状態です。もらって直ぐ食べたのですが、甘くなくて今日で5日目です。 もう一週間ほど寝かせてから頂くことにします。

所変われば、鍋料理 (2005年八月中旬)
冬の定番鍋料理!からだが温まって良いですよね。ここ台湾では、真夏に鍋を食べます。
先日、懐かしい友人達と食事でも行きましょうと誘われて、言った先が鍋料理の店。 お店はギンギンに冷房が効いていて、それでも食べてるうちに暑くなって来ました。友人に 何で真夏に鍋なんか食べるの?と聞くと、曰く「日本でも真冬に暖房の効いた部屋でアイスクリーム 食べるでしょ」っと言われ、こらゃーごもっともと、納得したしだいです。
決して鍋料理を馬鹿にして話してる訳ではなく、その日も海鮮鍋を美味しく頂いて帰った訳ですが、 台湾の鍋の具のなかで、日本と大きく違っていることがあるのです。
一つ目はトウモロコシで、二つ目は青っぽいトマト、三つ目は「フ」みたいな「湯葉」 みたいな「パン」みたいなものです。
皆さんも、是非台湾鍋を食べてみてください。本当に美味しいですよ。

果物 (2005年八月上旬)
露店で買った果物の名前は「龍眼」(ロンイェン)といいます。
大きさは梅干大で食べるとライチに似た味がします。
旬はライチの後らしいです。ホテルマンはライチの弟と言ってました。
 

2回目の勤務 (2005年7下旬)
2ヶ月の予定で再び来ました、ホテルも前回のホテルです。ホテルマン達の懐かしい顔が何故か 嬉しいです。

 

中国 北京(2005.6~2005.6)

街 を 歩 い て  (7月)

北京の街を見ての感想は、一言で言うと近代化に向けて進化中。以下に書き出してみました。
・レンガ作りの昔ながらの建物を彼方此方で壊していて、その跡にビルを建てる工事が盛んです。
・天気が良いと、ホコリッポイ。(多分黄砂のせい?)
・白タクが横行している。(違いは事故った時の保証の有る無しらしい)
・バスがボロっちーホテルから天安門まで、エアコン有りは6元、無しは3元。
・街の中には、**門とか**城 といった地名が多い。
・ホテルの前のレストランで、チャーハンとギョーザとスープを頼んだら、軽く3人前の量だった。 決して一人ではレストランに行かないこと。

天 安 門 と 故 宮  (6/25)
今日は市内中心部に行ってきました、そう天安門です。天安門広場から、そのまま北に 歩くき故宮博物院にも行きました。
日本で言えば天安門広場は皇居前広場で、故宮は皇居です。
ホテルの近くからバスに乗って1時間、3元(40円)で天安門の前門に到着。そこから ひたすら歩く歩く、とにかく広くて参ります。10:30~16:30まで徒歩の一日 (トホホの一日)でした。

 
ここは、前門。バスを降りた所です。
写真の左下に白い箱のようなものが並んでいるのが有料トイレ。
一回、一元(13円)です。

  
四角い建物は、毛主席記念堂です。前門と天安門の間に在ります。
遠くに見えるのが天安門です。

  
やっと天安門、ここをくぐって次に見えてくるのが故宮の入り口の??門。
奮発して日本語音声ガイドをレンタルしました。

  
故宮に入ってからの長い事、あんまり早く行くと音声ガイドが途中で切り替わってしますので、 ゆっくりと歩くのです。

  
考えてみたら、昼過ぎです。腹がペコペコです。
どうしようか思いきや、ジュースを飲んでる 向こう側にカップラーメンを売っていました、助かった!
気を取り直し、もう一時間歩きました。

  
故宮の中は幾つもの門と壁に囲まれていて、迷路のようです。
外には堀があり、警備の兵隊さん?が行進していた。

  
往復のバスは、大分ガタが来ている、ギアチェンジは雪上車みたい。
このタクシーは格安です。二人乗り。
これは、トロリーバス。道路の上の電線からパワーをもらう電気自動車。バスの屋根から 二本の角のようなものが見えるでしょ。

 
繋がったバスなのです。白バイは一寸パワー不足気味。

 
最後に職業柄、電柱はチョット気になる所です。
それと、地下通路で見かけた、男一楽房です。良い音が出ていました。

 長   城  (6/19)
今日は北京到着後初めての外出です。行き先は俗称、万里の長城です。北京から一番近い 八達嶺長城(パーダーリンツァンチョン)という所に行きました。
頭の中を人の力、執念、忠誠心とか色んな事が駆け巡り、手は一つ一つの石を撫でていました。
それと、すぐ麓に在る自然動物世界(サファリパーク)に行き、幸せのシンボル、 ホワイトタイガーを見ました。

  
長城の往復はロープウェイを利用、楽チンでした。
  
仕事現場の作業員兼通訳の白さんに同行してもらい言葉の壁を克服?万里の壁も・・・
  

 ある日の夕食(6/16)
今回の宿は、ホテルではなくてアパートメントでした。という訳で私の食生活を紹介したいと 思います。この日の夕飯のメニューは、高菜のピリ辛炒め、ソーセージ、サヤいんげんの煮物、 茄子の香味野菜和え、水餃子、味付け海苔、ご飯、紹興酒でした。
ちなみに、この宿は一泊330元( 4300円)です。

昭和式の献立記録写真


食事風景、4人掛けの食卓も在るのですがテレビが見辛いので・・・


キッチン、土鍋が一つで煮炊きをする


ネット中


ツインの寝室、何時でもどうぞ


窓からの景色(8階建ての4階)

 北京到着
6月8日次の仕事で、北京入りしました。飛行時間は台湾と略同じの3時間30分でした。 第一印象は、広々としている感じがします。空港からホテルまでの間の高速道路から見える景色 ゴチャゴチャした物が見えません。ホテルの周りは工業開発区で此処も全体にユッタリとしていて 一番近いスーパーまで徒歩で15分自転車が欲しいです。物価は缶ジュースが3元(40円)、 スーパーで2000円分くらいの気持ちで買ってレジに並ぶと800円くらいでした。

空港にピックアップに来てくれた李さん。
 
途中に火力発電所?ぽい建物が有った。


今回はホテルではなく、アパートメントです。1LDKの間取り。


スーパーで買ってきた採れたてライチ、甘くて美味しい。

ここで困っている事は、フロントに片言でも良いから日本語が話せるスタッフが居ないことです。 かといって、英語も駄目みたいで、「お湯ください」「封書を出してください」等まったく、 通じないのです。 

 

台湾 新竹(2005.2~2005.5)

仕事の終わり(5月下旬)

26日に仕事が終わりました。帰国の時に空港の喫茶店に台湾バドガールが居たので撮りました。 スカートが長いんですよー、それからヘソ出しでした。

 初めての台湾観光(5月下旬)
台湾に10ヶ月も居たのにホテルと職場の往復だけで、観光をした事が無かったのです。 でも、今月になってやっと観光する事が出来ました。凄く楽しかったです。

焼物の街「インクー」でジュースを飲む。右手のコップはジュースのオマケです。

世界一のノッポビルが台北に在るんですよ。

その名は 101 です。

展望台まで行くのに350元。値段を見て諦めて地下レストランに入る。

ここは、「チョウフン」というとこ。山の中腹に在る。

昔金が取れたらしい。今は出店が所狭しと並ぶ。

歩き疲れて、ちょっと一休み。お茶屋さんでウーロン茶を頂く。

外は雲の中、さっきまでドシャブリの雨でした。

 秘密の興奮剤(5月)

その興奮剤の名前はビンロウと言います。 ビンロウは、椰子の種類の木から取れる実(ドングリに大きさ形が似ている) に石灰系の薬品(?)を加えて、何とかという別の植物の葉で包み作った、台湾独特の趣向品です。
麻薬では無いようですが、眠気がとんだりするので長距離トラックの運転手なども愛用するらしいです。 一種の興奮剤のようです。街の中、特に道路沿いにはビンロウとタバコを売る小さな小屋が 多く在ります。

 

その小屋はガラス張りでピンクや紫、ブルー系のイルミネーションに輝き、 売り子さんは若くて可愛い子系の女性が、殿方の好む悩ましいスタイルで店番していて、 客の車が停まると駆け寄ってきてビンロウを売るのです。

1箱50元(180円)くらいで数個入り。食べ方は口に入れて数回噛むと、苦い果汁が出てきて 口の中がエグイ状態になる。そしたら、一緒に貰う紙コップにペッペッと吐き出す。 (必ず吐き出さなければならない)果汁と実が真っ赤になって見える、当然口の中も 真っ赤であります。私も、一噛みしましたが、二噛み目は止めて吐き出しました。 とても、マズイものです。沢山噛まなかったせいか、興奮もせず眠気も何時も通りでした。 このビンロウやり過ぎると口の癌になるとか、歯のエナメル質を侵されるとかで、 健康面ではイマイチらしいです。

 

このビンロウは、年間を通して採取できるらしくお店では客待ち時間を利用して加工もしている。 山中に入るとビンロウの栽培がしてあるらしい。そのビンロウの木は直径がビール瓶ほどあり、 数メートルの高さがあり、高さの割に根を張らないので、大雨などで地滑りなどの災害の危険 もはらんでいるらしいです。

供養 (4月中旬)
4月5日、台湾ではお墓参りの日で休日でした。先祖のお墓に参ったあと爆竹や花火を上げて供養します。 その際、紙で作ったお札(先祖様があの世で使うお金)も燃やして、天に送ります。

ホテルでも、お供え物をして、お札を燃やしました。

散歩 (4月中旬)
今日は日曜日、降っていた雨も上がったので駅まで散歩に出かけました。

新竹市庁舎

東門城と言う所

SOGOがあるのです。あと三越もあります。

新竹駅 駅前広場で、ワンショット。

街中にこの類のお寺がチラホラあるのです。

お寺の前で一枚。

夜市 (4月中旬)
台湾は夜市が盛んです、新竹に来て初めて韓国の周さんと二人(通訳さんの案内付き)で行きました。 美味しい臭豆腐を食べました。

ホテルの屋上 (4月中旬)
ホテルの屋上って、簡単には行けない所だと思っていましたが、今滞在中のホテルは簡単に行けます。 と言うのは、屋上トレーニングジムとランドリーがあるからです。

奥にランドリーが見える。

 

屋上からの景色です。通りの向かい には、球場があり時々ナイターも開催され応援の音がよく聞こえる。

台中訪問(4月中旬)
4月の中旬に台中に遊びに行きました。ホテルマンや職場の人や当時の通訳さん達と、短くも楽しい会話を 楽しむ事が出来ました。
  

仕事場から (3月初旬)
現在、日本人25人、台湾人30人位です。現場の通訳さんは二人居ます。

紹介 (3月初旬)
新竹の風景です。朝は小さな屋台が出て通勤途中の人達が朝ご飯を買って行きます。交差点の中でもお構いなし。

周辺のホテルに泊まっている日本人チームは私も含め、一つのホテルに集合して 乗合ワンボックス車(ワーゲン)で現場に向かいます。


左)現場のPSC(powerchip semecondacter corp )二号館です、12インチのウェハーを 作っている工場です。

帰る時は皆元気になります。

台湾の作業員も元気で帰ります。


ホテルの近くの良く行く屋台で(従業員の人達)

 

春 (2月末)

新竹の春は3月みたいで、春になる前に天気が不安定な事が多いようです。 とにかく雨が多いこの頃です。ちなみに梅雨は4~5月頃だそうです。今日、少し雨が上がって 曇り空になったので窓から写真を撮りましたのでその内載せたいと思います。
 
窓の外には球場が見えます。ビルは台中の方が沢山あったかな?